【 実例 :なぜコントラクトMRに】 あなたの武器は?

「いえ、コントラクトは考えてないです。」

これは、メーカーのMRの多くの人が思っていることです。とは言え、CSOもずっと募集をしていて、実際に入社する人がいます。

 

CSOに入社する動機は様々です。

大半の理由は、勤務地関係だったりします。

その次に多い理由は、ベテラン勢の再就職というか、早期対処の後です。

 

では、勤務地理由でも、早期退職でも無い理由で、メーカーに勤務しているMRがコントラクトMRを志望する時って、どんな理由があるのでしょか。実例を聞きました。

 

①国内超大手(特定されてしまう)製薬会社MR。30歳。男性。有名な大学病院担当。

 

→新卒後、国内大手でプライマリー領域で数年活躍した。その時には、他メーカーよりも優位に立っていて、会社の戦略にも納得できていた。

 

→その後社内異動で、希望していたオンコロジー部門にきた。希望していた領域ではある。しかしながら、現場で感じたのは今度は外資の方が製品もパイプラインも充実していて、国内大手でも全く大したことがないと肌で感じた。

 

→年齢的にも若いので、外資のオンコロジー、または専門領域MRへの転職を模索した。

 

→そこで、外資のオンコロジー領域MRの知り合いと色々と人脈を作って、情報収集をしてみたが、誰一人として良い話を聞かなかったし、輝いて見えなかった。

 

→気づいたのは、外資だろうと、国内企業だろうと、MRだけの経験の年配の人には、特になんの武器もないのでは? ということだった。

 

今、ビジネスを続けていく上での武器を持っていますか?

 

→プライマリーだろうとオンコロジーだろうと専門領域だろうと、自分は10年後にそういう存在になるのかと感じてしまった。

 

→とは言え、エージェント経由で外資のオンコロジー領域MR案件の面接を受け、オファーがでた。

 

→条件、給与は悪くなかったが、どうしても将来に魅力を感じずに、断った。

 

→そこでCSOを考えた。メーカーでは得られないビジネス経験や、見られない世界を経験できると思った。

 

→CSO各社、色々なビジネスをしている。直接は関わらなくても、近くで知ることになる。考えるきっかけにもなる。

 

→給料などは下がるが、経験としてはとても重要で、わからないけど何かの武器を持てると思った。

 

→プロジェクト打ち切りや、撤退など、色々リスクはあるが、だからこそ逆に若くないとできないと思った。

 

→そもそも、大手メーカーでもMRをずっと続けることは、この先困難だと感じていた。

 

→そもそも、新卒のままずっと続けて、中堅、ベテランになってから武器を持てずに他を探しても何も見つからないと思った。

 

→今まさにキャリアチェンジを模索する上ではちょうど良かった。

 

→ここだけの話だが、MRをずっと続けるつもりはない。

 

→少なくともあのまま国内大手で続けよりは、何かを得られると思っている。

 

→友人や周囲からは、「若いのになんでコントラクトに行くの?」と言われたが、若いから来れたと思っている。

ということで、国内大手、30歳、オンコロジー領域担当、有名大学担当の彼は、CSOに転職をしました。

 

 

あなたは武器を持っていますか?

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シリーズMRの出口論 横山伸吾(仮名)の場合②

とにかく目立ちたがりの点では、自分自身でも否定できない横山は、ある日、社内公募のマーケティングポジションに応募した。

英語力は必須条件ではある。留学経験があるとはいえ、たった1年だし、当時はほとんど遊んでいたようなものだし、実際のところ、読み書き程度しかできない。ただ、このままMRを続けるのも気持ちがしんどいし、ダメ元で受けて、落ちたらMRそのものをやめようと思っての応募である。

実はその頃、本国から新社長が就任した。若手のアメリカ人である。なんとなくマーケへの応募が彼の目にとまり、なんと採用された。あまり英語は重視されなかったらしい。

ついていると言うか、運が良いと言うか、希望のマーケティングのポジションにチェンジできたのだ。

いよいよマーケでの実務が始まった。持ち前の行動力でどんどん仕事をこなした。実際、英語力はそこまで必要ではなかった。

実際にマーケティングの仕事をしてみると、意外と地味であることに気づいた横山であった。結構細かい作業の連続だったりする。別に憧れるような職種でもないかなと感じながらも、横山はマーケターとしてぐんぐん成長していった。

ただ2年経った時に横山が感じたのは、成長のストップである。もうこれ以上、この部署で成長することはないかもしれない。

 

亀山先生に久しぶりに会ったのは、とある地方都市の医学会場だった。

 

つづく

シリーズMRの出口論 横山伸吾(仮名)の場合①

横山伸吾(仮名)は関西出身。関西の私大ではアメリカンフットボール部のクオーターバックでキャプテンだった。体育会系で明るくて元気。卒業後はなんとなく留学しようと決意し、1年間フリーター生活で貯めたお金で、フィリピンのセブ島に1年間の語学留学をした。

帰国後、新卒枠で外資系製薬企業に就職、MRとしてキャリアをスタートする。持ち前の明るさと体育会仕込みの根性でどんどん好成績を修めて、その会社の売り上げはいつもトップクラス、得意先の病院からの信頼もとても厚かった。

難攻不落の病院も攻め方を変えたり、戦略を練ったりして、まさにクオーターバック仕込みの頭も身体も使う活動で一つ一つ攻略し、目標を達成していったのである。

6年経った。一通りMRとしては経験し、まさに一人前の企業戦士には成長したものの、横山には一種の物足りなさが芽生えていた。学生時代は、毎年のように、大会で賞をとったり、次の大会を目標にしたりしたのだが、MR生活は長い。一通り賞も取ったりして順調ではあったのだがこのルーティンをいつまで続けるのかという漠然とした不安が支配し始めた。

尊敬する先輩もいたが、その先輩の領域に達するのは5年後、さらにその先輩の営業所長に達するのは30代後半くらい、その後うまくやって支店長に45歳・・・と、生きたサンプルとも言える先輩たちを毎日のように目の当たりにしているうちに、なんとなく自分の数年後の姿がもう見えてしまったのだ。

順調にいけば将来家庭も持てるし、ある程度豊かな生活もできるし、家も買えるだろう。とはいえ、自分の数年後の世界がもう見えてしまっている。人生ってそんなものだろうか。

 

横山はある日、社内公募のマーケティングポジションに応募した。

英語力は必須条件ではある。留学経験があるとはいえ、たった1年だし、当時はほとんど遊んでいたようなものだし、実際のところ、読み書き程度しかできない。ただ、このままMRを続けるのも気持ちがしんどいし、ダメ元で受けて、落ちたらMRそのものをやめようと思っての応募である。

 

つづく

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