製薬企業の投資計画とその影響ーー (小説:風に揺れるこいのぼりと、消えた夢の跡現実)

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小説: 風に揺れるこいのぼりと、消えた夢の跡現実

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2025年5月5日、日本では子供の日。

海の向こう、アメリカではその日、トランプ大統領が大統領令に署名した。

“医薬品はアメリカで作り、アメリカ人が買うべきだ。国家の安全保障のためだ。”

テレビの前で、ジョンはそのニュースを見ていた。
中西部の小さな町、長いこと製造業の仕事がなく、日雇いバイトでなんとか家族を支えてきた。

「パパ、このニュース何?」
小学生の息子が尋ねた。

「お国がな、アメリカで工場をいっぱい作るって言ってるんだ。お父さんにも、またちゃんとした仕事が来るかもしれん。」

その日、ジョンは缶ビールを少しだけ冷蔵庫から取り出し、久しぶりに笑った。


それから数ヶ月後。

乾いたアスファルトの上を、黄色いキャタピラー社のブルドーザーがうなりをあげながら進んだ。オハイオ州シドニーの町外れ、かつて大豆畑だった広大な土地に、巨大な工場の骨組みが次々と立ち上がっていく。空にはクレーンが何本も突き刺さり、遠くからでも建設現場のざわめきが風に乗って聞こえてくる。

「見てみろよ、あれ全部工場になるんだってさ」

町の人々が週末ごとにフェンス越しに現場を見に来ていた。地元の噂では、イーライリリーが第1工区、ロシュが第2工区、ノバルティスは研究棟を建設中だという。

「ジョンソン・エンド・ジョンソン?何それシャンプーの会社か?」
ジョンは隣人のトムに笑いながら言ったが、トムは新聞を振り上げて言った。
「ちゃうちゃう、ここじゃ抗がん剤つくるんだと。すげーことになるぞ」

地元紙『シドニー・デイリー』には、企業のロゴ入りで求人広告が次々と掲載された。

《安定した雇用・福利厚生・退職金あり》
《地域での未来を一緒に築きましょう》
《フォークリフト経験者歓迎・未経験者も研修制度あり》

ジョンは迷わず応募した。倉庫管理の派遣だったが、半年後、メルクの正社員として採用された。手取りが一気に2倍に跳ね上がり、ローン審査もあっさり通過。中古だが、フォードF-150の真新しい赤いトラックを手に入れた。

妻のメアリーは夕食後、食器を片付けながらふとつぶやいた。
「久しぶりにあなたが誇らしそうで、私もうれしいよ。子供たちに“うちのパパ、薬作ってるんだ”って言えるのがね」

息子のマイケルは、その日Amazonで買ってもらったNintendo Switchを抱えてはしゃいでいた。お気に入りのTシャツには、日本から取り寄せた“こいのぼり”のイラストがプリントされている。

町は目に見えて変わった。

空き家だったピザ屋に、新しいダイナー『リバーロック・グリル』がオープンし、週末には行列ができた。小学校には新しいパソコンルームが整備され、図書館の本棚には「薬のしくみ」「工場で働くお父さんたち」という絵本も増えた。

その動きは、海を越えて日本にも届いた。

『日経ビジネス』は《アメリカが本格的に製薬内製化へ。供給網の見直しが必須》と見出しを打ち、日本の厚労省も製薬各社に供給体制の再確認を求めた。

Photo by Andrew Neel on Pexels.com

しかし、2029年。

冬の大統領選。僅差で政権は交代した。就任演説で新大統領はこう語った。

「我々は再び世界と歩調を合わせる。グローバルな連携こそ、真の繁栄への道だ。関税は再調整し、パートナー国との信頼を再構築する」

CNNやMSNBCのスタジオでは、専門家たちがうなずき、”健全なリーダーシップの復活だ”と報じた。

その頃、ジョンは食卓で朝のニュースを眺めながら、マグカップのコーヒーをすすっていた。暗い目をしていた。

「どうしたの?」とメアリーが尋ねると、ジョンはぽつりと言った。

「なんか、また風向きが変わる気がするんだ」

そしてその予感は当たった。

年の暮れ、工場の掲示板に紙が貼られた。PDFのメール添付でも送られてきたが、誰もが掲示板の前に集まり、その文字を目で追った。

《今後の生産体制見直しについて》
《第3ラインは2029年3月をもって稼働停止》
《一部業務はシンガポール、成都、プエブラ工場へ順次移管予定》

社員食堂では、スープをすする音しか聞こえなかった。

「マジかよ」「子供、大学どうすんだ」
「転勤ってこと?」「いや、たぶん希望退職だよ」

工場長が説明に現れたが、その口ぶりは曖昧だった。

「これはグローバルな最適化の一環であり、雇用維持には最大限努力する所存です」

日本でもニュースになった。

NHKワールドは「アメリカの製薬内製化は一過性だった」と冷静に伝え、日経は「アジア回帰が加速、国内CMOの巻き返しなるか」と分析を始めた。


2030年。

雪が残る2月の朝、ジョンはIDカードを返却し、ゲートを後にした。

「Good luck, John」と警備員が声をかけた。ジョンは帽子のつばに手をやって、静かにうなずいた。

町は、再び沈黙の中に戻っていった。

『リバーロック・グリル』の「本日休業」の張り紙は、やがて「テナント募集中」に変わった。通りには「FOR SALE」の看板が並び、かつて笑い声が響いた小学校の校庭も、今は冬風に吹かれてひっそりしている。

メアリーはパートの時間を増やし、ジョンは派遣の短期バイトを点々とする日々。トラックは手放し、今は古いホンダ・シビックが家の前に停まっている。

ニュースキャスターが言う。

「今回の動きは国家戦略の転換に伴う構造的変化であり、個別企業の責任ではありません」

それを聞きながら、ジョンは静かに心の中でつぶやいた。

「じゃあ、俺の人生は、誰の責任だ?」


2031年5月5日。子供の日。

曇り空。風が強く、木々の葉がざわめいている。

かつてのように、家々の庭にこいのぼりは揺れていない。あの頃、息子が着ていた「鯉のぼりTシャツ」は、もうサイズが合わない。クローゼットの奥に、折り畳まれたまま眠っている。

中学生になった息子・マイケルは、朝から宿題をしていた。社会科のプリントには「グローバリゼーションとアメリカ経済の変遷」という見出しがあった。

ジョンは近所のスーパーで、閉店間際の半額シールが貼られたチキンとポテトサラダを買って帰った。レジでは、「お買い得でしたね」とパートの店員が声をかけてくれたが、ジョンは軽く笑ってうなずいただけだった。

家に着くと、電子レンジの音とともに、テレビからニュースが流れていた。

「米中貿易の安定化が進展し、製造業のグローバル再編が活発化しています。アジアへの新たな投資が加速し、アメリカ国内の生産は再び縮小傾向に—」

ジョンは、その音声をBGMのように聞き流しながら、食卓に料理を並べた。皿は少し欠けていたが、気にしなかった。

メアリーが「今日、あのこいのぼりのTシャツ、洗濯のときに見つけたわ」と言った。

マイケルはそれを聞いて、ふと顔を上げ、こうつぶやいた。

「パパ、ぼく、将来薬をつくる仕事したいな。アメリカでも日本でも、どこでもいい。人の役に立つって、かっこいいから」

箸を持つジョンの手が止まった。

その一言は、まるで過去から届いた手紙のようだった。あの日、缶ビールを開けて微笑んだ、自分の顔がふと思い出された。

ジョンはマイケルの目を見て、黙ってうなずいた。

そして、小さく笑った。心からの、静かな笑顔だった。


教訓:
政治が与える夢は、政治が奪う。
経済は波であり、希望も絶望も繰り返す。

けれど、それでも人は、また夢を見る。
そして、次の子供の日が来る。

fin

エピローグ:
数年後——。

あの町に、新しい看板が立った。

「未来医薬研究所 Mid-America Biotech Campus」
運営:日米合同ベンチャー

“ワンチャン製薬”
英語名 ”One Chance Therapeutics”
「一度きりのチャンスをつかもう!未来を共に創る、急成長中の企業です」

研究員募集の張り紙に、見慣れた名前があった。

Michael Johnson
Intern – Biomedical Development

白衣を着た少年は、まだ未熟な手つきで実験器具を洗いながら、ふと空を見上げた。
その視線の先、丘の上の空き地には、誰かが立てた一本の小さなポールが揺れていた。
そこには、色あせたこいのぼりが、静かに風を受けていた。

何十年経とうと、人は夢を見る。
それが、どこかで誰かの命を支えるかもしれないから。

「作る場所」ではなく、「作る理由」が、いつか世界をつなぐのだ。


この物語は、政治の波に翻弄されながらも、未来を見据えて歩み続ける人々の姿を描いています。夢と現実、希望と絶望が交差する中で、彼らがどのように自らの道を切り開いていくのかを問いかけるものです。


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解説

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🇺🇸 米国での製薬企業の投資計画と稼働予定

🧪 イーライリリー(Eli Lilly)

  • 投資総額:2020年以降、米国での製造関連投資は累計500億ドル超。
  • 新設予定:4つの新工場(API製造3拠点、注射剤製造1拠点)を2025年中に建設開始予定。
  • 主な拠点
    • インディアナ州レバノン:API製造拠点。2026年末に生産開始予定。
    • ウィスコンシン州ケノーシャ郡:注射剤製造拠点。2025年に建設開始予定。
    • ノースカロライナ州リサーチ・トライアングル・パーク:2027年に稼働予定。
  • 雇用創出:13,000人の雇用を見込む。

🧬 ジョンソン・エンド・ジョンソン(Johnson & Johnson)

  • 投資総額:2025年からの4年間で550億ドルを米国に投資予定。
  • 新設予定:4つの新製造施設を建設予定。
  • 主な拠点
    • ノースカロライナ州ウィルソン:最先端のバイオ医薬品製造施設。2025年3月に着工。
  • 雇用創出:建設期間中に約5,000人、稼働後に500人以上の雇用を見込む。

💊 ノバルティス(Novartis)

  • 投資総額:今後5年間で米国に230億ドルを投資予定。
  • 新設予定:7つの新施設を建設予定。
  • 主な拠点:詳細は未発表。
  • 備考:中国にも1億ドルを投じて施設を建設中。

🧪 ロシュ(Roche)

  • 投資総額:今後5年間で米国に500億ドルを投資予定。
  • 新設予定:複数の施設を建設予定。
  • 主な拠点
    • ペンシルベニア州:遺伝子治療工場。
    • インディアナ州:グルコースモニタリング施設。
    • マサチューセッツ州:心血管研究センター。
  • 雇用創出:13,000人の雇用を見込む。

💉 メルク(Merck)

  • 投資総額:デラウェア州に10億ドルを投資予定。
  • 新設予定:新工場を建設予定。
  • 主な拠点:詳細は未発表。
  • 雇用創出:詳細は未発表。

🧬 アッヴィ(AbbVie)

  • 投資総額:米国での製造業に100億ドルを投資予定。
  • 新設予定:詳細は未発表。
  • 主な拠点:詳細は未発表。
  • 雇用創出:詳細は未発表。

何故各社はアメリカ国内に設備投資をしようとしたのか?

それはずばり、この大統領の政策です。

https://www.whitehouse.gov/fact-sheets/2025/05/fact-sheet-president-donald-j-trump-announces-actions-to-reduce-regulatory-barriers-to-domestic-pharmaceutical-manufacturing/

アメリカを第一にするという約束を果たす:トランプ大統領は、FDA が外国の施設よりもアメリカの製造施設を優先するようにすることで、再びアメリカを第一にするという約束を果たしています。

トランプ大統領:「我々は他国から医薬品を買いたくない。なぜなら、戦争になれば問題が発生するからであり、自国で医薬品を製造できるようにしたいからだ。」
トランプ大統領:「私たちは未来への投資として、医療サプライチェーンを恒久的に国内に戻します。医療用品、医薬品、そして治療薬をここアメリカ国内で生産します。」
この命令は、トランプ大統領の最初の任期中に必須医薬品の生産を国内に戻し、外国の生産者への依存を減らすために行われた措置に基づいている。

つまり、中国やその他各国に依存している製造工程とサプライチェーンをアメリカに戻すということです。

製薬各社、以前から計画していたものもありますが、それに輪をかけて、国内での設備投資をしようとしています。

でもどうでしょうか?

これも、一つの場当たり的な計画ですよね。大統領のファクトシートに迎合するような。

各社は、数年後の政権交代も視野に入れていますから、新政権で違う政策が出されれば、雇用された人たちはレイオフされて、また中国はじめ各国にサプライチェーンがシフトするような気がします。

つまり、各社のこの計画は、ポーズに過ぎない可能性もあるのです。


🕰️ 稼働までのタイムラインと政権交代の影響

  • 建設から稼働まで:一般的に、製薬工場の建設から稼働までには3〜5年を要します。
  • 政権交代の可能性:2028年の大統領選挙で政権が交代した場合、政策の方向性が変わる可能性があります。
  • 企業の対応:各社は、現政権の政策に対応しつつも、将来の不確実性に備えて柔軟な戦略を採用しています。

これらの動きは、現政権の政策に対応したものであり、将来の政権交代や政策変更により、計画の見直しや調整が行われる可能性があります。企業は、政策の変動に対応できる柔軟な戦略を採用していると考えられます。