医薬品市場の現状と成功法則の解説

皆さま、いかがお過ごしですか?
夏休みも終わって、明日から9月ですね。僕は子供の頃、実家は魚屋で親は休みも碌になかったので、夏休みといえば、ラジオ体操と小学校のプール開放が皆勤賞でした。しかも両親とも東京出身で田舎も無く、ずっと東京にいました。

新学期が始まると、クラスのお友達が、田舎のおばあちゃんの家でカブトムシ取ったとか、海で花火見たとか、そういう話を聞いて、日本の田舎に思いを馳せたものです。

とはいえ、不思議と羨ましいとか、あまり思いませんでした。なぜなら、子供心に、これが自分の現実、置かれた立場なんだ!と、思っていたからだと思います。代々東京出身なんて、幸せじゃないか!とか思いましたし、魚屋の息子で子供なのに高級魚だって食べたことあるぞ!みたいに思ってました。そうです。自分は自分だったのです。

で、みなさん。日本の製薬業界も、自分は自分、日本は日本! 他国と比べて日本を批判するな! 日本で良いんです! みたいに生きていければ良いなと、思いまして、今日はこんな記事を書いてみたのです。

そうです。日本の製薬業界で上手く生きていく。

〜構造を理解して、しなやかに生きるためのガイド〜

日本の医薬品市場は世界的に見て大きな規模を維持していますが、日本製の医薬品が世界市場で占めるシェアは、米国や欧州の企業に比べると大きくないのが現状です。

これを聞いて「ふーん」で終わってしまいそうですが、ちょっと待ってください。実はこの一文に、現代日本が抱える深刻な構造的問題が凝縮されているんです。

数字で見ると、もっと驚く

まず基本的な数字を整理してみましょう。

  • 日本の医薬品市場規模:世界第3位(約12兆円)
  • 日本発医薬品の世界シェア:約10%
  • 日本車の世界シェア:約27%

ちなみに、日本のパチンコ業界の市場規模は約15.7兆円。つまり、製薬業界(12兆円)より大きいんです。

あれ?同じ「ものづくり大国」なのに、この差は何でしょうか。

さらに興味深いのが給与水準です。

  • 製薬大手の平均年収:1000万円超(主要12社中8社)
  • 自動車大手の平均年収:800-900万円

成果を出している自動車業界より、世界シェアが低い製薬業界の方が高給取り。これは一体…?

実は、この高給与の秘密は「薬価制度」にあります。製薬業界の収益の大部分は、国が決める薬価と保険制度から生まれており、事実上、国民の保険料と税金が製薬業界の高給与を支えている構造になっているのです。

「最高のお客さん」という不名誉な称号

実は日本は、世界の製薬会社から「最高のお客さん」と呼ばれています。理由は明快です。

究極のサブスクビジネス 考えてみてください。国民皆保険と薬価制度は、製薬会社にとって究極で最高のサブスクリプションビジネスなんです。

  • 1億2000万人の加入者(脱退不可能)
  • 毎月確実に保険料が徴収される
  • 薬価は国が決定し、値下がりリスクは限定的
  • 高齢化で利用者は増加の一途

Netflix や Spotify も真っ青の、完璧なサブスクモデルです。

Photo by Consuelo Borroni on Pexels.com

確実にお金を払ってくれる

  • 国民皆保険制度で支払い能力が保証
  • 薬価制度で一定の価格水準も維持
  • 高齢化で需要は右肩上がり

価格に敏感でない理想的な顧客

  • 患者の自己負担は1-3割
  • 医師も薬価をあまり意識せず処方
  • 「良い薬なら値段は気にしない」文化

つまり、欧米の製薬大手にとって日本は「1億2000万人が加入する巨大サブスク市場で、開発した薬を確実に、良い値段で、長期間売れる」理想的なビジネス環境。まさに夢のような市場なのです。

見えない構造が作り出した「高給取り販売員」

ここで重要な事実が浮かび上がります。

日本の製薬会社の高収益の多くは、実は「海外で開発された薬の国内販売」から生まれています。しかも、この業界には興味深い特徴があります。

学歴・学閥に関係ない高給与 トヨタのような製造業では、技術系なら旧帝大、文系でも有名私大が中心で、ある程度の学閥が存在します。

しかし製薬業界では、普通の大学を出た普通の人がMR(医薬情報担当者)になって年収1000万円を稼ぐことができます。特別な技術も、名門大学の学歴も必要ありません。

つまり、日本の製薬業界の高給与の源泉は:

  1. 国民の保険料・税金(サブスクビジネスの収益源)
  2. 海外企業が開発した薬の販売手数料
  3. 薬価制度による安定した利益構造
  4. 学歴・技術力に依存しない「販売力重視」の人事システム

極端に言えば、日本の製薬業界は「世界最高水準の高給取り販売員集団」になっているとも言えるのです。

「薬価収載」という魔法のシステム この構造をもう少し詳しく見てみましょう。

  1. 海外で開発:難しくて品質の高い、社会に貢献できる優れた医薬品が、主にアメリカやヨーロッパで開発される
  2. 日本に輸入:その薬が日本の承認を取って上陸
  3. 薬価収載という魔法:厚労省が薬価を決定し、保険適用となる瞬間、巨大なサブスクビジネスの商品となる
  4. 全員が恩恵:日本の患者は安く最新の薬にアクセスでき、製薬業界に携わる人々は高い給与を得る

つまり、「開発」と「収益」が完全に分離されているのです。開発の苦労は海外、収益の美味しい部分は日本、という構図ですね。

高い参入障壁による「ガラパゴス化」 「それなら他業界から転職したい」と思う優秀な人材も多いはず。給与は高いし、福利厚生も充実している。

しかし、ここにも巧妙な仕組みがあります。

  • MR資格:医薬情報担当者になるには専門の資格が必要
  • 業界特有の知識:薬事法、医療制度、医学知識など独特な専門性
  • 医師とのネットワーク:既存のMRが築いた人脈が重要
  • 新卒一括採用中心:中途採用の枠は限定的

つまり、高い参入障壁によって既存メンバーの高給与が守られている構造です。まさに「ガラパゴス化した高収益業界」と言えるでしょう。

他業界の優秀な人材が簡単に参入できないからこそ、世界シェア1割でも年収1000万円という不思議な現象が維持されているのです。

「損してない」ように見える怖さ

この構造の最も恐ろしい点は、誰も損をしている実感がないことです。

患者:保険のおかげで最新の薬が安く手に入る 製薬会社:安定した高収益を維持 医療従事者:雇用も給与も安定 政府:世界最高レベルの医療水準を誇れる

みんなハッピー。でも、その陰で年間数兆円規模の外貨が海外に流出し続けています。

他国は「稼ぐ側」を目指している

一方、他国の動きを見てみましょう。

スイス(人口850万人)

  • ロシュ、ノバルティスなど世界的製薬企業を擁する
  • 製薬業界が主要輸出産業

韓国

  • サムスンバイオロジクス、セルトリオンが急成長
  • グローバル市場での存在感を急速に拡大

中国

  • 今年これまでに製薬大手7社が中国由来の新薬向け分子を巡るライセンス契約や取得に踏み切り、少なくとも計31億5000万ドル(約4730億円)相当の前払い金と資本を投じた
  • 中国のバイオテクノロジー株が4年間続いた低迷を脱し、年初から60%超上昇

アメリカ

  • ファイザー、ジョンソン・エンド・ジョンソンなど
  • 全世界から利益を吸い上げる構造

大学発ベンチャーの「日本的経営」

「それなら日本も大学発ベンチャーで…」と思うかもしれません。確かに数は増えています。

でも、ここにも日本特有の問題が。

日本の大学発ベンチャー

  • 教授は大学給与を維持したまま起業
  • 国の補助金が創業者の給与に
  • 失敗してもリスクなし→いつまでも存続

欧米の大学発ベンチャー

  • 実質的にフルタイムでのリスクテイクが必要
  • 失敗すれば大きなキャリア上のダメージ
  • 結果が出なければ早期に清算

つまり、日本は「リスクなき起業」、欧米は「背水の陣での起業」。どちらが真のイノベーションを生むでしょうか?

「お客さん」から「プレイヤー」への転換点

今、日本は大きな選択を迫られています。

このまま「世界最高のお客さん」であり続けるのか? それとも「世界で稼げるプレイヤー」に転身するのか?

転換に必要な要素

  1. 真のリスクテイク文化
    • 失敗を許容する社会
    • 成功者への素直な賞賛
  2. 薬価制度の改革
    • イノベーション重視型へ転換
    • 海外依存からの脱却を促進
  3. 人材流動性の向上
    • 大学↔企業↔ベンチャーの人材循環
    • 「安定志向」からの脱却
  4. 投資環境の整備
    • バイオ分野への大型投資拡大
    • 長期的視点でのリターン追求

でも大丈夫。しなやかにすり抜けましょう。

ここまで日本の製薬業界の構造を見てきました。でも、これは批判のためではありません。

構造を理解すれば、賢く生きられる

現実はこうです:

  • 薬価制度とサブスクビジネスという基盤がある
  • 参入障壁により既得権益が保護されている
  • 海外薬の販売で安定した高収益を得られる
  • 当分この構造は変わらない

であれば、木刀のようにこの構造に真正面からぶつかるより、柳の枝のように、するするっと抜けていく方が賢明です。

業界の人へ:現実を活かそう

  • この恵まれた環境を最大限活用する
  • 安定した収益を個人のスキルアップに投資
  • グローバルな視野を養って将来に備える
  • 「販売のプロ」として誇りを持つ

業界外の人へ:構造を理解しよう

  • なぜ製薬業界が高給なのかが分かる
  • 医療費の仕組みへの理解が深まる
  • 転職や投資の判断材料になる
  • 社会の見方がより立体的になる

患者・国民として:賢く制度を使おう

  • 保険制度の恩恵を最大限享受
  • 海外の最新薬にアクセスできる環境に感謝
  • 同時に予防医学への関心も持つ

最後に:上手く生きるということ

理想論で世界を変えようとするより、現実の構造を理解して、その中でしなやかに生きていく。

製薬業界もそうです。グローバル競争力がないからダメ、ではなく、「こういう構造で成り立っている業界なんだ」と理解した上で、自分なりの最適解を見つける。

柳は嵐が来ても折れません。しなやかに曲がって、風が過ぎれば元に戻る。

私たちも、社会の様々なしがらみや構造の中で、木刀のように硬直せず、柳の枝のようにしなやかに、上手く生きていきたいものですね。