乾癬治療市場の革新: 経口薬Icotydeの影響

皆様いかがお過ごしですか。いやあ、バンコクは暑い時期を迎えております。というかまあ、1年中暑いか、めっちゃ暑いかしか無いのですが。ただしバンコクは冷房が効き過ぎるので、最近は外だけど風の吹き抜ける場所で仕事などをしております。

バンコクも暑いですが、J&Jの新薬も、なんだか、熱いですね。

乾癬治療市場は今、ある種の「高原状態」にあります。AbbVieのスキリージ(リサンキズマブ)がIL-23阻害でPASI 90/100という高い有効性のバーを設定し、UCBのビンゼレックス(ビメキズマブ)がIL-17A/F同時阻害という差別化軸で2025年に約26億ドルの売上を記録——注射剤がここまで高い到達点を示してしまうと、「次のイノベーションの余地はどこにあるのか」という問いが、業界の中でもリアルに聞こえてきます。有効性の天井がほぼ見えかけている中で、残された競争軸は何か。そのヒントの一つが、今回の話です。

2026年3月18日、J&JがFDAからIcotyde(icotrokinra)の承認を取得しました。

IL-23受容体を直接ブロックする世界初の経口ペプチド薬です。第3相ICONIC-LEADでは16週時点でPASI 90達成率が65%超と、注射剤と比較しても見劣りしないデータが出ています。さらにICONIC-ADVANCE 1&2ではソティクツ(デュクラバシチニブ)に対し直接比較で優越性を示しており、「経口薬の中での差別化」も済んでいる状況です。何年も自己注射を続けてきた患者さん、あるいは注射への抵抗感から治療に踏み切れなかった患者さんにとっては、これは素直に朗報だと思います。モダリティのシフト——「注射から飲み薬へ」という軸で市場を再定義しようとするJ&Jの戦略意図も、かなり明確に読み取れます。

ただ、「経口薬=勝ち」という方程式が成り立つかどうかは、別の話です。

ソティクツが2022年に登場したとき、TYK2阻害という新機序+経口という組み合わせで相当な期待を集めましたが、2025年売上は約3億ドル。スキリージやビンゼレックスが数十億ドル規模で注射剤市場を動かしているのと比べると、「経口」というだけでは処方行動は大きく変わらなかった、という見方もできます。Icotydeはデータがより強く、J&Jのマーケティングリソースも当然違います。それでも、「注射をやめて飲み薬に切り替える」という処方変更のハードルや、PBMによるフォーミュラリー上の扱いが、最終的な市場浸透を左右するのは変わらないでしょう。患者さんにとって良い選択肢が増えることと、それが実際に処方される環境が整うことは、残念ながら必ずしもイコールではありません。

加えて、バイオシミラーの動向も無視できません。

「乾癬領域でバイオシミラーはなかなか普及しないのでは」という見方もありましたが、ステラーラ(ウステキヌマブ)の特許切れ後の2025年の展開を見ると、その懸念はかなり外れたと言っていいと思います。年間1兆円超の売上を誇った製品に対し、8種類のバイオシミラーが相次いで参入し、価格は最大90%引き。患者さんや医療保険の観点からはこれも朗報ですが、米国の保険・PBM構造がコスト効率を優先する方向に動く中で、Icotydeが戦わなければならない相手は新規の注射剤だけでなく、「臨床的に同等かつ安い」という選択肢の引力でもあります。

Icotydeがモダリティのシフトをどこまで実現できるかは、今後数年の処方データが出てみないと分かりません。ただ、業界として興味深いのは、J&J自身がステラーラという「バイオシミラーに侵食される側」でありながら、Icotydeという「侵食する側」を同時に仕掛けているという構図です。自社ポートフォリオを自ら陳腐化させるカニバリゼーションを戦略的に受け入れる——これは営利企業として至極当然の判断であり、むしろやらない方がおかしい。そのせめぎ合いが、患者さんの選択肢を広げる方向に働いているとすれば、それはそれで悪くない話だと思っています。

【おまけ】経口薬の夢とバイオシミラーの現実——他山の石として

少し領域は違いますが、「経口薬 vs 注射剤」という文脈で避けて通れない事例が、GLP-1受容体作動薬のリベルサス(経口セマグルチド)です。Novo Nordiskが2019年にFDA承認を取得したこの飲み薬は、オゼンピック(注射剤)と同じ成分でありながら、2025年の売上は約19億ドル——一方のオゼンピックは約154億ドル。同じ分子、同等の効果、でも飲み薬の方が圧倒的に「負けている」という現実があります。もっとも、リベルサスはそれ単体で見れば十分な大型製品ですし、27%の成長率を維持しているので「失敗」とは言えません。ただ「注射を飲み薬に置き換えられる」という期待値に対してはっきり届いていない、というのが正直なところでしょう。なぜか。服薬条件が厳しい(空腹時に少量の水で飲み、30分は食事・飲水不可)という使い勝手の問題が一因と言われています。Icotydeが「その轍を踏まないか」は、製品設計の観点からも注目点の一つだと思います。

バイオシミラーについても、もう一言。「乾癬領域ではバイオシミラーへの移行は進まないのでは」という見方がかつてありましたが、現時点ではその懸念は外れつつある、というのが私の理解です。ステラーラのバイオシミラーは2025年に8種が承認・発売され、価格は最大90%引き。GLP-1領域でも、オゼンピック・リベルサス・ウェゴビーのセマグルチド特許が2026〜2032年に順次切れ始め、後続品の波が来ることはほぼ確実視されています。医薬品市場全体として「特許切れ→バイオシミラーへの経済的移行」という流れは、「起きるかどうか」ではなく「いつ、どの速度で起きるか」の問いになってきている——そういう時代に、Icotydeは生まれてきました。経口という利便性が、このコモディティ化の波に対する一つの防波堤になり得るのかどうか。それもまた、この薬の行方を占う上での、なかなか面白い問いだと思っています。

ただまあ、J&Jが一人勝ちというのも、リアリスティックではなさそうですし、バイオしミラーに全部変わるというのも、無さそうですよね。それだけ患者さんにとっては、切実な問題だからでは無いでしょうか。慣れている薬を簡単に変えられないですよね。いずれにしても選択肢が増えた方が、患者さんにとっては、朗報だと思います。

「経口 vs 注射」というモダリティの戦いと、「IL-23 vs IL-17 vs TYK2」という機序の戦いが同時に進行している中で、どこか一社だけが総取りするシナリオは、今のところあまり現実的ではないように見えます。乾癬治療市場は、当分の間は「群雄割拠」が続くのではないでしょうか。

皮膚科は、また、説明会、講演会が増えて、大変なことになりますね。

【参考情報】

Icotyde FDA承認(J&J公式プレスリリース) https://www.investor.jnj.com/investor-news/news-details/2026/FDA-approval-of-ICOTYDE-icotrokinra-ushers-in-new-era-for-first-line-systemic-treatment-of-plaque-psoriasis-with-a-targeted-oral-peptide/default.aspx

Icotyde承認(AJMC・医療専門メディア) https://www.ajmc.com/view/fda-approves-icotrokinra-first-oral-il-23-inhibitor-for-plaque-psoriasis

Icotyde承認(STAT News) https://www.statnews.com/2026/03/18/jj-wins-approval-for-first-of-its-kind-psoriasis-pill/

AbbVie 2025年通年決算(スキリージ売上・市場シェアデータ) https://investors.abbvie.com/news-releases/news-release-details/abbvie-reports-full-year-and-fourth-quarter-2025-financial

スキリージの乾癬市場シェア45%(Fierce Pharma) https://www.fiercepharma.com/pharma/abbvie-hitting-record-sales-high-skyrizi-gains-holds-its-own-growing-ibd-arena-despite-jj

リベルサス vs オゼンピック 売上比較(Drug Discovery & Development) https://www.drugdiscoverytrends.com/novo-slashes-us-glp-1-prices-by-up-to-70-but-2026-semaglutide-revenue-could-hold-steady-or-even-grow/

乾癬治療薬市場概観(Grand View Research) https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/psoriasis-drugs-market

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