安定の座に居座るは衰退の一歩なり

5年前。彼は38歳だった。ここでは、便宜的に、彼を鈴木君としよう。東京出身ではあったが、新卒で就職した製薬会社でMRとして、縁も所縁もない地方で勤務をした。30歳代前半で地元の病院で知り合ったナースと結婚して子供2人。そして昨年その地方に家を買った。20代後半でMRの仕事にも慣れて、大学時代の同級生の平均よりは若干高い給料をもらい、地方都市では良い生活をしていた。

「最近、ウチも早期退職の募集を何度も打ち出していて、ちょっと将来に不安がありまして。」

リクルーターである僕にコンタクトしてきた時の彼鈴木君の言葉である。僕はいくつかの募集案件を案内した。
A社、B社、C社。。。しかしながら、いずれも既に大手エージェントから彼にアプローチ済みであった。まあ、僕のような小さな企業に居るリクルーターにコンタクトしてくるのは、大体大手エージェントにコンタクトした後の場合が多い。

A社はオファーが出たものの、勤務地が全く希望と異なっていたので辞退したとのことだった。
「せっかく買った家なので、嫁が気に入ってまして。。。」
なるほど。奥さんの地元で、奥さんが気に入った家を購入したのだ。そこは離れられないということである。

B社は落ちた。理由は、年齢の割にマネジメント経験が無かったとのこと。B社は、マネージャーも同時に募集していて、彼の年齢であれば、マネージャーであるべきとのことだった。
「今の会社で、営業所長も打診されたこともあるのですが、営業所長になりますと、転勤が必ずありますので、断りました。」
なるほど。家も買ったし、子供も学校が気に入って居る。嫁も地元出身なので、その地元から離れるのは抵抗があったとのこと。単身赴任も考えたが、子供の近くに居ることを奥様が望んでいたとのことである。彼は所長の道を断った。彼はとにかく現状がベストと考えて居るのである。

C社はオファーが出たものの、オファーの給料が現状を下回るとのことで、辞退したらしい。
「いや、やはり給料が下がるというのは。嫁にも反対されますし。」

そこで、僕はとっておきの案件を案内した。まだ日本では人数が少ないが、画期的な新薬を持って居るD社である。そこの事業部長から僕に直々にコンタクトがあり、大手エージェントも持ってない案件だった。給料は高い。だが、勤務地は約束できない。そんな案件だった。好待遇の案件に彼は興味を持ち、僕もその知り合いの事業部長との面接対策を万全に行なった結果、オファーまで漕ぎ着けた。

「マネージャーの経験が無いけど、鈴木さんの実力が評価されて、異例ですけど、マネージャーポジションでオファーが出ましたよ。」
僕がそう言うと、彼は喜んでいた。
「ただ、申し上げて居るように、勤務地が、約束できません。もしかしたら、今の所から引っ越さなくても済むかもしれませんけど、場合によっては遠い地方に赴任するかもしれません。」
僕が続けると、鈴木君は少し検討したいとのことだった。結局のところ、彼は辞退した。家族があっての仕事だと言うのだ。まあ、確かに。

 

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その後別の候補者がコンタクトしてきた。便宜的に高橋君と呼ぼう。高橋君は大手製薬会社で既に営業所長。やはり30歳代後半だった。D社を紹介すると、マネージャー経験も評価されてすんなりとオファーが出た。高橋君は首都圏に住んでいて奥さんと子供2人、小学生と幼稚園。奥さんは正社員で働いていた。また、家も既に持っていた。

これはまた、オファーは出たもののサインしてくれるかどうか微妙だな・・・と、感じていたところ、高橋君はあっさりとサインした。

「ご家族は大丈夫ですか。」
と、僕が聞いたところ、

「嫁は多分仕事はやめることになると思いますが、説得します。家は人に貸します。子供2人は転校させます。」

とのことだった。大変なことだろうと思うけど、単身赴任でもなく、彼は家族で地方に赴くことを決意したのだった。

 

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それから5年たった。鈴木君が再びコンタクトしてきた。43歳になっている。

「いやー、今回早期退職がまた発令されたのですが、手をあげました。」

どうやら、手挙げとはいえ、様々なプレッシャーで手を上げざるを得なかったらしい。いわば、解雇である。もちろん、それなりのパッケージは貰ったらしいが、そのパッケージも以前に比べると減っているらしい。例のごとく、既に大手エージェントを通じて何社か受けたものの、年齢や経歴などでなかなかオファーまで行かないらしい。まあ、43歳で普通のMRであれば、想像できることである。ただでさえ最近募集案件が減っているので、転職の難易度はさらに増している。

「勤務地もどこでも良いので何か無いですか?」

切羽詰まっている様子だった。しかしながら、難易度が増している現状は変えようも無い。
「僕はあまり案件はないのですが、割増退職金も貰ったことだし、この際何か地元で別の地場産業というか、別の仕事に就いたらどうでしょうか。」
僕がそう提案したが、まだまだローンもあるし、子供を良い学校に入れたいし、割増退職金を貰ったものの、まだまだ給与水準を下げたくないとのことだった。

 

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一方で、高橋君は、地方勤務で業績が評価されて、営業本部で統括的な仕事に異動して、本社勤務で首都圏に戻ってきたと連絡があった。

鈴木君も、高橋君も同じような実力ではあるのだが、40歳代前半で違う道を歩いている。まあ、別に鈴木君が何も悪い訳ではないのであるが、ちょっとツイてないなと思うのである。

 

「安定の座に居座るは衰退の一歩なり」内海桂子・漫才師(1922~)

という言葉を彷彿とさせるのだ。

 

 

 

 

 

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