トランプ「最恵国薬価」政策、対象26社に――このリスト、まだ増える?反対派は何を恐れているのか
皆さま、いかがお過ごしでしょうか。まあ、それにしても、トランプ大統領、2期目に入ってからも相変わらず元気です。「MAHA(Make America Healthy Again)」というスローガンを掲げ、RFKジュニア(ロバート・ケネディ・ジュニア)厚生長官とタッグを組んで、食品添加物からワクチン行政、そして薬価まで、アメリカの「健康」をめぐる制度を次々と揺さぶっています。今回取り上げるのは、その中でも特に業界インパクトの大きい「最恵国(Most Favored Nation, MFN)」薬価政策です。要は「他の先進国が払っている一番安い価格を、アメリカにも適用させよう」という発想で、2025年5月の大統領令から始まり、じわじわと対象企業を広げてきました。そして2026年8月31日、ついに合意企業が26社に達しました。
26社のリスト
当初の大手17社(2025年7月に書簡送付、2025年9月〜2026年初頭にかけて順次合意)
- ファイザー(Pfizer)
- アストラゼネカ(AstraZeneca)
- EMDセローノ(EMD Serono/メルクKGaA)
- イーライリリー(Eli Lilly)
- ノボ ノルディスク(Novo Nordisk)
- アムジェン(Amgen)
- ベーリンガーインゲルハイム(Boehringer Ingelheim)
- ブリストル・マイヤーズ スクイブ(Bristol Myers Squibb)
- ジェネンテック(Genentech/ロシュ)
- ギリアド・サイエンシズ(Gilead Sciences)
- GSK
- メルク(Merck & Co.)
- ノバルティス(Novartis)
- サノフィ(Sanofi)
- アッヴィ(AbbVie)
- ジョンソン・エンド・ジョンソン(Johnson & Johnson)
- リジェネロン(Regeneron)
8月31日追加の中堅9社
18. アルコン(Alcon)
19. アステラス製薬(Astellas Pharma)
20. ビーワン・メディシンズ(BeOne Medicines)
21. ブリッジバイオ(BridgeBio)
22. CSL
23. 協和キリン(Kyowa Kirin)
24. サン・ファーマ(Sun Pharma)
25. テバ・ファーマシューティカルズ(Teva Pharmaceuticals)
26. UCB
まず現状の全体像を整理しておきます。最初に動いたのは2025年9月のファイザーで、そこにアストラゼネカ、イーライリリー、ノボ ノルディスク、EMDセローノが続き、2025年12月にはアムジェン、ベーリンガーインゲルハイム、ブリストル・マイヤーズ スクイブ、ジェネンテック、ギリアド・サイエンシズ、GSK、メルク、ノバルティス、サノフィの9社が一気に合意。2026年に入ってAbbVie、ジョンソン・エンド・ジョンソン、リジェネロンが加わり、いわゆる「大手17社」が出揃いました。
そして8月31日、第2ラウンドとしてアルコン、アステラス製薬、ビーワン・メディシンズ、ブリッジバイオ、CSL、協和キリン、サン・ファーマ、テバ・ファーマシューティカルズ、UCBの中堅9社が合流。合計26社、ブランド薬市場の約89%をカバーする規模になりました。地理的にも面白くて、これまでは欧米中心だったのが、インド(サン・ファーマ)、イスラエル(テバ)、豪州(CSL)、そして日本(アステラス、協和キリン)と、一気に国際色が広がったのがこのラウンドの特徴です。
このリスト、まだ増えるのか
答えは、ほぼ確実に「Yes」です。ホワイトハウスの発表を見る限り、政権側は「ほぼすべてのブランド薬メーカーと同様の合意を目指す」というスタンスを崩していません。実際、まだ合意していない企業には100%の関税というかなり強烈な「アメとムチ」の「ムチ」の部分が用意されており、今後も交渉は続くとみられます。日本最大手の武田薬品も、9月2日時点ではまだ合意に至っておらず、水面下で協議中と報じられています。中間選挙を控えたトランプ政権としては、このリストを「実績」としてアピールし続けたいはずなので、少なくとも選挙前まではペースを緩めないでしょう。
頑張って反対している会社たち
一方で、全員が素直に従っているわけではありません。注目すべきは2026年2月に結成された「Midsized Biotech Alliance of America(MBAA)」という連合体です。アカディア・ファーマシューティカルズ、マドリガル・ファーマシューティカルズ、トラベア・セラピューティクス、アルケルメス、アルナイラム、アーデリクス、バイオマリン、エクセリキシス、インサイト、ニューロクライン・バイオサイエンシズの10社が名を連ねています。年間70億ドルの研究開発投資、1万2000人の雇用を抱えるこのグループは、「MFNは米国のバイオテック・イノベーションを破壊しかねない」と真正面から異を唱えています。
なぜ反対するのか
理由はシンプルで、体力の差です。大手製薬企業は複数の製品ポートフォリオを持っているので、ある薬の価格が下がっても他の薬でカバーできます。しかしMBAAに参加するような中堅バイオテックは、往々にして主力製品が1〜2品目しかなく、しかも新薬が黒字化するまで平均25年かかるとも言われる世界。1つの薬の価格が一律に下げられてしまうと、それだけで会社の存続そのものが揺らぎかねません。MBAAのスポークスパーソンは「一律の絆創膏(peanut butter blanket)アプローチだ」と表現し、企業ごとの事情を無視した政策だと批判しています。皮肉なことに、こうした反対の声を上げにくい空気も存在します。MAHAという「国民の健康を守る」という大義名分と薬価政策がセットになっているため、表立って反対すると「国民の健康より自社の利益を優先する悪者」に見えかねない、という構造的なプレッシャーもあるようです。
日本はどうするのか
日本にとってこの話は対岸の火事ではありません。CMSの公式文書でも、日本は米国のMFN価格算出における「参照国」の一つとして明示されています。透明性の高い薬価制度を持つ日本の価格が、そのまま米国向け価格の低い基準点として引用されてしまうリスクがあるということです。専門家の分析では、特にオンコロジーや免疫領域、慢性・代謝性疾患の分野でこの影響が大きくなりやすいとされる一方、希少疾患や遺伝子治療領域は比較的影響が限定的とも言われています。
日本企業側の対応としては、アステラス製薬と協和キリンがすでに合意に踏み切った一方、武田薬品はまだ交渉中というのが現状です。今後の実務対応としては、日本市場への新薬投入のタイミングを戦略的にずらす、あるいは日本での薬価交渉そのものをより慎重に進める、といった動きが出てくる可能性があります。「日本で安く売ると、それがアメリカの基準にされてしまう」という構図がある以上、日本市場での価格戦略そのものが、これまでとは違う意味を持ち始めていると言えそうです。
